正しいことを言えば通じると考えていた - 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科長・山下俊一氏に聞く◆Vol.5

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2012年03月01日(Thu) 11:31 by drharasho

山下俊一先生のインタビュー最後。

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正しいことを言えば通じると考えていた -
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科長・山下俊一氏に聞く◆Vol.5

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リスク・コミュニケーションの仕方は反省

2011年7月12日 聞き手・まとめ:橋本佳子(m3.com編集長) 

山下俊一氏は、「国、あるいは専門家などが、社会に対してどう情報発信
していくかは、今後の課題」と語る。

 ――最近は、東京でも放射線量の測定ポイントを増やすなどの動きがあ
ります。また福島などでは子供に個人線量計を配布して測定するとしてい
ます。この意味をどうお考えでしょうか。

 それは安心のためでしょう。先ほども言いましたが、数値が一人歩きし
ていますから、測定しないと皆が納得しない。
環境モニタリングを行うと
同時に、個人の線量も測定する。これは間違った対応ではないと思います。

 ――何かを不安に思うこと自体が、病気のリスクになる。

 そうです。ただ、数値の解釈を知らないと、測定することにより、か
えって不安になる懸念もあります。また放射線被曝をめぐり、悪徳商法、
便乗商法も見られ、私自身、驚いていますが。

 ――なぜ情報が正しく伝わらず、安心を求めるのか。

 放射線は見えない。分かりにくい。あおられる、皆の口コミで、「危
ない」と広がる。「水道水が危ない」となり、ペットボトルの買いだめ
に走る。集団ヒステリーに近い形で、パニックになる。

 そうしたものに対して私たちは無防備だった。「正しいことを言えば、
通じる、分かってくれる、大丈夫だ」と思っていました。
しかし、実際
には叩かれる。それに対して、ブロックしたり、ウソの情報、間違った
情報をつぶすという考えは頭になかった。まずは危機管理、パニックを
抑えることから始めた。この点は、非常に反省しています。これが私の
リスク・コミュニケーションの最大の欠点。ただ、これだけ長く続くと
は思わなかった。もっと早く収束すると思ったという事情もあります。


 ――それは原発事故の対応のことでしょうか。

 そうです。原発事故が収束しないと、リスク・コミュニケーションは
難しい。火中の栗を拾ったというのは、そうした意味なのです。

 ――5月の初めに、福島の二本松市で講演した内容は、「You Tube」
などでも流れています。

 地元以外の方もたくさん来ていました。「ここは危ない、逃げろ」と
いったビラを配る。その後、別の講演会では、講演の後にインタビュー
を受けたりもしましたが、一部のみがカットされ、ネット上に流れる。
情報が操作されていると分かりました。

 インターネットで情報が瞬時に広がり、不特定多数の人たちが何でも
言える時代。今回、私は初めてこうしたことを経験した。だから、我々
も防御しなければいけないのですが、全く無鉄砲で、素手で入っていっ
た。いい教訓だと思います。国、あるいは専門家などが、社会に対して
正しい情報をいかに発信していくかは課題でしょう。


 ――医師が専門家として意見を言っても、正しく伝わらないことが少
なくない。

 “人間学”として考えた場合の人の心理です。何かに頼りたい、すが
りたいのです。今までの我々の日々の生活は、剣が峰を覚悟して選ぶよ
うなことはしてこなかった。お任せだった。その典型が原発安全神話だ
と思うのです。これが崩れたことは、日本の一つの大きなシステムが崩
れたことを意味します。日本は変わる時なのです。だから僕は覚悟した
わけです。
長崎でがんばってもいいのですが、火中の栗を拾うことは、
やはり一つの転換点になる。広島、長崎、チェルノブイリで蓄積された
ノウハウを生かすことができればと考えた。

 ――今、どれくらいの割合で福島に行かれているのでしょうか。

 東京での仕事も結構多いので、東京と福島を往復し、長崎にはほとん
ど帰れない日々です。震災前、私は研究科長(編集部注:山下氏は、長
崎大学大学院医歯薬総合研究科長)の仕事をし、研究も行い、海外にも
結構行っていました。しかし、この3カ月間は、ほぼすべての会合をキャ
ンセルし、日本にいた。私にとっても非常事態だからです。

 ――今後も、福島県民の健康調査と住民への啓発活動を続ける。

 幸い、(長崎大学の)学長、教授会、教室のスタッフは、私の活動を
後押ししてくれています。今、問われているのは、リスクとベネフィット
をどう考えるか、福島県民がどう選択するかという問題です。その選択は
国が命令するものではありません。個々人がジャッジできるような情報を
我々が提供するのが仕事。
その時に誤った情報は与えたくないし、誤った
情報が伝わることもよくない。

 しかし、今、多くの方が後方、外野席にいます。皆、評論家なのです。
現場から出てきた情報をどう吸い上げ、問題を解決するかが重要。それは
行政がやるべきことで、政府がお金を付けるべき。
それが全部、丸投げな
のです。また本来ならば現地災害対策本部は現地にあるべきでしょう。今
は約60km離れた福島市にあるわけです。もう3カ月経ったのだから、本来
は現場に行かなければいけない。しかし、そうした発想が全くない。

 ――福島県で、そうしたことをやる人がいないのでしょうか。

 医療者などにはがんばっている人がたくさんいます。私はこうした人を
上手に束ねていきたいと考えています。

 ――今、医療は福島県立医大が中心になっているのでしょうか。

 もう一つは医師会です。医師会の先生方がフロントラインで、診療の合
間に、「放射線は心配ない」と言ってあげれば、地域は安定化します。

療は本来、一対一の関係で成り立つものであり、今回の問題もそれが基本
だと思うのです。

 ――啓発活動も、マスで実施していくのではなく、一対一でやっていく
必要がある。

 そうです。コミュニティーベースで広げていかなければなりません。
射線に対する“リハビリ”
を進めていく。医療関係者が、診療の現場で、
「心配は要らない、もう大丈夫」と言ってあげれば、それだけで落ち着く。
私は、これまで集団を対象にやってきたことを個別にやっていくようなネ
ットワーク作り
をやっていきます。

 県や大学を支援しながら、福島を支えていく。それが私のこれからの
仕事です。


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