最初から火中の栗を拾う覚悟だった -

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2011年07月05日(Tue) 12:47 by drharasho

最初から火中の栗を拾う覚悟だった -
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科長・山下俊一氏に聞く◆Vol.3
(m3.comに登録が必要)http://www.m3.com/iryoIshin/article/138641/

“情報災害”の渦中の福島県民を救うのが目的

2011年7月5日 聞き手・まとめ:橋本佳子(m3.com編集長)


住民への説明の仕方は、最初はクライシス・コミュニケーション
だったが、その後、リスク・コミュニケーションに変わったという。

 ――先生のお立場から見ても、政府や東京電力の情報の出し方は
遅いなど、問題があるとお考えだった。

 我々も情報をテレビで初めて知るぐらいでした。私が官邸に初めて
呼ばれたのは、4月6日のことです。それまではもう現場一筋でした。

 ―4月6日に官邸に呼ばれたのは、どんな理由からでしょうか。

 原子力安全委員会には、40人を超す専門委員がいます。しかし、
今回は官邸の一つの方針だと思うのですが、首相の直轄の形で、新た
に専門家チームが作られました。その一つのチームの専門委員として
呼ばれました。私は既に福島県の放射線健康リスク管理アドバイザー
でしたから、お断りしたのですが、強い依頼があり、お引き受けしま
した。

 官邸で、他の専門委員の意見を聞いても、私と同じ意見でした。し
かし、私の場合は、官邸で話をするだけでなく、それを住民に伝えな
ければいけません。最初は危機管理、クライシス・コミュニケーション
の立場からお話していたのですが、4月に文科省から「数字」が出た以
降は、リスク・コミュニケーションに変わりました。

 ――クライシス・コミュニケーションとリスク・コミュニケーション
の一番の違い、また先生が説明の際に心がけたことは何でしょうか。

 クライシス・コミュニケーションの基本は、白黒はっきりしたこと
を言うこと。危ないか、危なくないか。皆をパニックにしないことが
重要だからです。しかし、リスク・コミュニケーションの場合は、分
からないところ、グレーゾーンの議論が出てきます。

 ――グレーソーンの議論では、最終的に情報をどう解釈して行動す
るかは住民の判断になる。

 その点は極めて重要ですが、その前にメディアがどう報道するかが
重要。メディアが意図的に操作したり、一つの流れを作ったり……。
週刊誌的な扱いをすると県民はますます不安に陥ります。

 ――それは具体的にはどんな報道でしょうか。危険性をあおるよう
な報道があるということでしょうか。

 「ここは危ない、避難だ」と。平常時の放射線量を超えているから、
「危ない」とする。これは絶対に言ってはいけない発言です。福島は、
平常時ではないのです。まずこれをご理解いただきたい。福島県民に
話をする時に、「皆さん、覚悟してください」とお話するのは、その
ような意味です。決して、「危ないから、覚悟しなさい」という意味
ではなく、「福島で生きる」ことは、基準が変わることなのです。

 なぜ基準が変わるのか。平常時は、放射性物質を隔離し、封じ込め
ている。だから一般住民は被曝しないで済む。しかし、封じ込めに失
敗した今は、環境が汚染された中でどう安全を担保するのか、という
話なのです。しかし、少しずつ放射線を浴びても100mSvになることは、
原発作業員は別ですが、普通の一般住民ではあり得ない。だから、パ
ニックになったり、放射線の問題をずっと抱えていくことは、やはり
不幸なことだと思います。

 しかし、そのようには考えず、「あなたの子供に、どんな放射線の
影響が出るかは分からない」とあおるのは、罪でしょう。しかも、医
師ではない人が健康影響について発言している。我々は、原子力のこ
とは全く分かりませんから、発言できません。しかし、病気のこと、
放射線の影響のことは知っている。我々の言葉を信じずに、こうした
人たちの言葉を信じるのはどうかと思います。

 今は数字が一人歩きしています。出された数字に対するきちんとし
た説明が必要。これはやはり下手でしたね。

 「20mSv」、「3.8μSv/h」という数字がポンと出ると、皆は「この
基準は何か」、「これ以上は危ないのではないか」と思ってしまう。
でも、放射線の安全防御基準は、「閾値なし」という考え方。「でき
るだけ低くしよう」というのは、正しい。しかし、「20mSv」を超えた
からといって危険なわけではない。リスクをしっかりと認知するよう
に働きかける必要があります。

 ――「説明の仕方が下手」という話がありましたが、これが文科省
の説明という意味でしょうか。

 先ほども言いましたが、文科省と原子力安全委員会の意見に齟齬が
あり、私自身も驚きました。そんな状況では困ります。情報は常に一元
化し、正しいことをぶれないで言い続けることが必要。さもなければ、
住民は、“情報災害”の渦中に置かれ、住民は右に左に振れてしまう。

 では、誰が舵取りをするか。最も信頼できる情報を出せるのは、政府
機関なのです。日本の国民としては政府に信頼を置かなければいけませ
ん。国民と政府の信頼が最低条件です。

 ――しかし、政府はきちんとした説明をしていない。

 はい、だから我々が現場で説明しているのです。

 先ほども言いましたが、最初は、白黒を明確にしなければいけない。
これは危機管理の原則です。それをしなかった、できなかった、誰も。
理由は簡単です。現地の災害対策拠点が崩壊して、最初の1週間、ほと
んど何も情報がなかった。福島県は、「原発安全神話」の中で生きてい
たので、何かあった時にまず国に聞く。しかし、国に聞いてもタイム
ラグがあったり、別のところから情報が出てきたりして、現場は混乱の
極み。そうした中で、誰も火中の栗を拾おうとはしなかった。

 結局、誰も動かなかったので、私が福島に行ったわけです。最初は3月
20日、いわき市を訪問しましたが、体育館で罵倒されながら話した。翌
21日の福島市の会場にも何千人も集まりましたが、同じような状況だっ
た。でも私は、皆の不安や不信がよく分かった。本来なら東電や政府が
言うことを、私が話しているわけでしょう。誰かに不安や不信をぶつけ
たい、投げかけたいという思いだったのでしょう。全く不条理な被災を
したわけですから。まさに被害者。

 だから我々は聞くしかない。でも我々が聞いても、皆の不安は解消さ
れない。安心を期待しているわけだから。後で非難されることを覚悟し
ながらも、「心配は要らない」と言わなければいけない。その覚悟を現
場で誰かが持っているかと見たら、誰もいなかった。私は福島に行く前
に、(長崎大学の)学長に、「福島に行くということは、バッシングを
受けることですが、いいですか」と聞いています。

 ――最初から、非難を受けることを覚悟されていた。

 はい。


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