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朝日新聞「臨床試験中のがん治療ワクチン」記事(2010年10月15日)に見られる事実の歪曲について

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2010年10月18日(Mon) 19:21 by drharasho

朝日新聞「臨床試験中のがん治療ワクチン」記事(2010年10月15日)に見られる事実の歪曲について

東京大学医科学研究所・教授 
清木元治
2010年10月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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2010年10月15日付朝日新聞の1面トップに、「『患者が出血』伝えず 東大医科研、提供先に」(東京版)
との見出しで、当研究所で開発した「がんワクチン」に関して附属病院で行った臨床試験中、2008年、
膵臓がんの患者さんに起きた消化管出血について、「『重篤な有害事象』と院内で報告されたのに、
医科研が同種のペプチドを提供する他の病院に知らせていなかったことがわかった」と野呂雅之論説委員、
出河雅彦編集委員の名前で書かれています。また、関連記事が同日39面にも掲載されています
(その他には、同夕刊12頁、16日社説、36面)。

特に15日付朝刊トップの記事は、判りにくい記事である上に、基本的な事実誤認があり、関係者の
発言などを部分的に引用することにより事実が巧妙に歪曲されていると感じざるをえません。
判り難くい記事の内容を補足する形で、更なる解説を出河編集委員が書いているという複雑な構図の記事です。

この構図を見ると、記事の大部分を占める医科学研究所の臨床試験に関するところでは、何らかの
法令や指針の違反、人的被害があったとは述べられていないので、記事は解説部分にある
出河編集委員の主張を書く為の話題として、医科学研究所を利用しているだけのように思えます。
しかし、一般の読者には、「医科学研究所のがんワクチンによる副作用で出血があるようだ。
それにもかかわらず、医科学研究所は報告しておらず、医療倫理上問題がある」と思わせるに十分な見出しです。

なぜこのような記事を書くのか理由は判りませんが、実に巧妙な仕掛けでがんワクチンおよび関連する
臨床試験つぶしを意図しているとしか思えません。これまで朝日新聞の野呂論説委員、出河編集委員連名の
取材に対して医科学研究所が真摯に情報を提供したことに対する裏切り行為と感じざるをえません。
「事実誤認」関連は医科研HPに掲載しますが、以下のような「取材意図/取材姿勢」にも問題が
あると考えますのでので、これから述べたいと思います。

その1:前提を無視して構図を変える記事づくり
記事の中では、ワクチン投与による消化管出血を重大な副作用であるとの印象を与えることを意図して、
医科学研究所が提供した情報から記事に載せる事実関係の取捨選択がなされています。
まず、医科学研究所は朝日新聞社からの取材に対して、「今回のような出血は末期のすい臓がんの場合には
その経過の中で自然に起こりうることであること」を繰り返し説明してきました。それと関連して、和歌山医大で
以前に類似の出血について報告があったことも取材への対応のなかで述べています。
これらは、今回の出血がワクチン投与とは関係なく原疾患の経過の中で起こりうる事象であることを読者が
理解するためには必須の情報です。しかし、今回の記事ではまったく無視されています。この情報を提供しない限り、
出血がワクチン投与による重大な副作用であると読者は誤解しますし、そのように読者に思わせることにより、
「それほど重要なことを医科学研究所は他施設に伝えていない」と批判させる根拠を意図的に作っていという
印象を与えざるを得ません。
事実、今回の記事では「消化管出血例を他施設に伝えていなかった」ということが最も重要な争点として
描かれており、厚生労働省「臨床研究に関する倫理指針」では報告義務がないかもしれないが、報告するのが
研究者の良心だろうというのが朝日新聞社の主張です(16日3頁社説)。その為には、今回の出血が「通常では
ありえない重大な副作用があった」という読者の誤解が不可欠であったと思われます。このことは「他施設の
研究者」なる人物による「患者に知らせるべき情報だ」とのコメントによってもサポートされています。進行性
すい臓がん患者の消化管出血のリスクは、本来はワクチン投与にかかわらず主治医から説明されるべきことです。
取材過程で得た様々な情報から、出河編集委員にとって都合のよいコメントを選んで載せた言わざるを得ません。

その2:「報告義務」と「重篤な有害事象」の根拠のない誤用
単独施設の臨床試験の場合でも、予想外の異変や、治療の副作用と想定されるような事象があれば、
「臨床研究に関する倫理指針」の報告義務の範囲にかかわりなく、速やかに他施設に報告すべきでしょう。
しかし、日常的に原疾患の進行に伴って起こりうるような事象であり、臨床医であれば誰でもそのリスクを
認知しているような情報については、その取り扱いの優先順位をよく考慮してしかるべきだと考えます。煩雑で
重要度の低い情報が飛び交っていると、本来、監視すべき重要な兆候を見逃す恐れがあります。この点も
出河編集委員・野呂論説委員には何度も説明しましたが、具体的な反論もないまま、報告する責務を怠った
かのような論調の記事にされてしまいました。「重篤な有害事象」とは、「薬剤が投与された方に生じたあらゆる
好ましくない医療上のできごとであり、当該薬剤との因果関係については問わない」と国際的に定められています。

また、「重篤な有害事象」には、「治療のため入院または入院期間の延長が必要となるもの」が含まれており、
具体的には、風邪をひいて入院期間が延長された場合でも「重篤な有害事象」に該当します。このことも繰り返し
説明しましたが、記事には敢えて書かないことにより「重篤な有害事象」という医学用語を一人歩きさせ、
一般読者には「重篤な副作用」が発生したかのように思わせる意図があったと判じざるを得ません。実際に、
この目論見が当たっていることは多くの人々のネットでの反応を見れば明らかです。

その3:インパクトのあるキーワードの濫用
本記事を朝刊のトップに持ってくるためのキーワードとして、人体実験的な医療(臨床試験)、東京大学、
医科学研究所、ペプチドワクチン、消化管出血、重篤な有害事象、情報提供をしない医科研、中村祐輔教授名
などはインパクトがあります。特に中村教授については当該ワクチンの開発者であり、それを製品化する
オンコセラピー社との間で金銭的な私利私欲でつながっているとの想像を誘導しようとする意図が事実誤認に
基づいた記事のいたるところに感じられます。
中村教授はペプチドワクチン開発の全国的な中心人物の一人であり、一面に記事を出すにも十分なネーム
バリューであります。しかし、本件のペプチド開発者は実は別人であり、特許にも中村教授は関与していません。
臨床試験に必要な品質でペプチドを作成することは非常に高価であるために、特区としてペプチド供給元となる
責任者の立場です。これらの情報も、取材過程で明らかにしてきたにもかかわらず、敢えて事実誤認するのには、
何か事情があるのでしょうか。

その4:部分的な言葉の引用
朝日新聞の取材に対する厚生労働省のコメントとして「早急に伝えるべきだ」との見解が掲載されています。
しかし、「因果関係が疑われるとすれば」というよう前置きが通常はあるはずであり、それを削除して引用する
ことにより、医科研の対応に問題があったと厚生労働省が判断したかのようミスリードを演出した可能性があります。

以上のように、朝日新聞朝刊のトップ記事を書くために、医科学研究所では臨床試験の被験者に不利益を
もたらす重大な事象さえ他施設に伝えることなく放置しているというストーリーを医科学研究所が提供した
情報の勝手な取捨選択と勝手な事実誤認を結び付けることにより作ったと考えざるを得ません。
これほどまでしなければならなかった出河編集委員の目的は何なのでしょうか?それが解説として述べられている
出河編集委員の主張にあると思われます。出河編集委員はこの解説を1面で書きたい為に、医科学研究所で
不適切ながんワクチンの臨床試験が行われたという如何にも大きな悪があるというイメージを仕立て上げなければ
ならなかったのではないかと想像します。
解説部分では、臨床試験では法的な縛りがないので、患者に伝えられるべき重要な副作用情報が開発者の利害
関係によって今回の医科学研究所の例に見られ得るように患者や医療関係者に伝えられないことがあるということを
主張し、だから一律に法規制を掛けるべきだという、彼の従来の主張を繰り返しています。適否は別にして、この
議論は今回の医科学研究所の例を引くまでもなく成り立つことです。しかし、医科学研究所の臨床試験に対する
創作的な記事を書くことにより、医科学研究所の臨床試験のみならず我が国の医療開発に対して強引な急ブレーキを
掛けようとしているだけでなく、標準的な治療法を失った多くのがん患者さんが臨床試験に期待せざるを得ない
現在の状況をまったく考慮していません。
このことは自らがん患者である片木美穂さんのMRICへの投稿<http://medg.jp/mt/2010/10/vol-325.html#more
に的確に述べられていると思います。

今回の朝日新聞の記事を見るとき、かなり昔のことですが、高邁な自然保護の主張を訴えるために自ら沖縄の
サンゴ礁に傷つけた事件があったことをつい思い出してしまいます。今回、傷つけられたのは、医科学研究所に
おける臨床試験にかかわる本当の姿であり、医療開発に携わる研究者たちであり、更には新しい医療に希望を
つなごうとしている全国の患者の気持ちです。

法規制論議についてはマスコミの取材と記事についても医療倫理と同様のことが言えるのではないかと思います。
沖縄の事件のように事実を捏造して記事を書くのは論外ですが、事実や個人の発言をいったんバラバラにして、
あとで断片をつなぎ合わせる手法を用いればかなりの話を創作することは可能です。これらも捏造に近いと
思いますが、許せる範囲のものからかなり事実と乖離したグレーなものまであるでしょう。しかし、新聞記事の
影響は絶大であり、これで被害が及ぶ人たちのことを考えればキッチリと法的に規制をかけて罰則を整えないと、
報道被害をなくすることはできないと言う意見も出てきそうです。しかし、そういった議論があまり健全でないことは
言うに及びません。社会には法的な規制がかけにくい先端部分で新しい発展が生まれ、人類に貢献し、社会の
健全性が保たれる仕組みとなることも多々あります。無論そこでは関係者の高いモラルと善意が必要である
ことは言うまでもありません。

今回の報道では、新しい医療開発に取り組む多くのまじめな研究者・医師が傷つき、多くのがん患者が動揺を感じ、
大きな不安を抱えたままとなっている現状を忘れるべきではないでしょう。朝日新聞は10月16日に、
「医科学研究所は今回の出血を他施設に伝えるべきであった」という社説をもう一度掲げて、「研究者の
良心が問われる」という表題を付けています。良心は自らを振り返りつつ問うべき問題であり、自説を主張
するためには手段を選ばない記事を書いた記者の良心はどこに行ったのでしょうか。また、朝日新聞という
大組織が今回のような常軌を逸した記事を1面に掲載したことが正しいと判断するのであれば別ですが、
そうでなければ社内におけるチェックシステムが機能していないということではないでしょうか。権力を持つ者が
自ら作ったストーリーに執着するあまり、大きな過ち犯したケースは大阪地検特捜部であったばかりです。
高い専門性の職業にかかわるものとして常に意識すべき問題が改めて提起されたと考えます。

朝日新聞に対しては今回の報道の十分な検証と事実関係の早期の訂正を求めたいと思います。
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今回の記事は転送歓迎します。その際にはMRICの記事である旨ご紹介いただけましたら幸いです。
MRIC by 医療ガバナンス学会
http://medg.jp


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